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沖縄への「認知戦」をことさら強調するのはなぜか?―『防衛白書』コラムは沖縄県知事選を前に問題はないのか

軍事問題研究会編集
8月16日
読了時間: 6分

はじめに

 2026年版『防衛白書』には、2025年版に引き続き「認知領域における戦い」(228頁)と題するコラムが掲載されている。

 認知戦、情報操作、浸透工作―。中国やロシアなどによるこうした活動が民主主義国にとって脅威となっているという警告は、近年の『白書』では珍しいものではない。

 しかし、今年のコラムを2025年版(259頁)のそれと比較してみると、問題点が浮かび上がるのでそれを指摘したい。


 「新しい警告」ではなかった

 2026年版の概略は以下の通りだ。

 中国やロシアが民主主義国の自由で開放的な政治・社会システムを利用して情報操作や浸透工作を行っていること、宣伝・プロパガンダ、ソーシャルメディアを利用した偽情報、統一戦線工作などがその手段であることが説明されている。

 更に、中国による工作の目的として、

 ・中国のイメージを向上させること

 ・中国にとって不利な外国の主張や情報に反駁すること

 ・相手国の社会の分断を拡大し、政治社会に混乱を生み出すこと

 が挙げられている。

以上の内容は、2025年版と全く同じである。

 つまり、2026年版には、中国による認知戦について新たな内容が追加されていないのだ。

 下図で両コラムの対比表を作ってみた。同じ表現にアンダーラインを引いてみたが、アンダーラインが途切れる箇所はほとんどない。どう見ても、2025年版のコラムをコピペしたものだといって良かろう(『白書』の作成者達は、読み比べる者などいないと高を括っていたのだろうか)


 なぜ「沖縄」が登場するのか

 このコラムで特に注目したいのが、沖縄についての記述である。

 2025年版では、中国による工作活動について説明した後に、「これまで日本に対する活動はそれほど盛んではないと考えられてきましたが、最近になって日本に対する活動も活発化しつつあります」と述べている。

 そして続けて、「とくに2023年6月に習近平国家主席が『福建省と沖縄の歴史的つながり』に言及してから、沖縄県をめぐる中国の工作が活発化しています」と断定する。

 更に、中国政府・党関係者による沖縄訪問が増加していることや、ソーシャルメディアのフェイクアカウントが「琉球独立」をあおるようなデマ動画を拡散させようとしていることまで紹介している。

 この記述も2026年版にそのまま引き継がれている。

 つまり、今年の『白書』が初めて「中国による沖縄への工作」を問題にしたわけではない。

 昨年既に紹介した内容を、今年も全く内容を変えずに掲載しているのである。

 

 しかし、今年は「沖縄県知事選」がある

 ここで問題にしたいのが、今年9月13日には、沖縄県では知事選挙が行われることだ。

 もちろん、『白書』のコラムには、沖縄県知事選についての記述はない。ましてや、「中国が沖縄知事選に介入している」などとも書かれているわけでもない。

 しかし、だからこそ問題はそこにある。

 今年の沖縄県知事選を前にして、「中国による認知戦が活発化している」「その主な対象が沖縄である」「琉球独立をあおる偽情報が流されている」という情報を防衛省が『白書』を通じて発信すれば、国民にどのような印象を与えるだろうか。

 「沖縄で起きている政治的な対立や世論の動向には、中国による影響工作が関係している」という主張に、『白書』がお墨付きを与える恐れがあるからだ。

 しかし、それは『白書』が実際に確認した事実とは別の話である。


 「沖縄県民の政治的意思」=「中国による影響工作」ではない

 沖縄には、米軍基地をめぐる様々な意見がある。米軍基地に反対する人々もいれば、日米同盟や米軍の存在を重視する人々もいる。沖縄県の将来について異なる意見が存在すること自体は、民主主義社会では当然のことである。

 ところが、そこに「中国による認知戦」というキーワードを持ち込むと、在沖米軍基地に批判的な意見や「琉球独立」を唱える意見に対して、「中国による影響工作だ」というラベリングにつながる恐れがあるのだ。そして『白書』がそのラベリングの根拠に利用されかねないのである。

 当然のことながら、ある政治的主張が中国による影響工作の結果であると判断するには、具体的な証拠(とそれを定量的に整理したデータ)が必要である。しかしコラムはこの点について沈黙している。


 『白書』自身が「分断を煽っている」

 認知戦については、コラムは重要な指摘をしている。

 コラムは、中国などによる認知戦は、相手の政治や社会における対立点を利用して「分断を煽ろうとする」ものだという。

 だとすれば、防衛省が外国による認知戦に警鐘を鳴らする際にも、慎重な態度が求められるはずだ。

 特に、政治的対立が存在する地域について、「外国による影響工作がある」という情報を政府(の一部である防衛省)が公にすれば、それ自体が地域社会の政治的対立を煽ることになりかねない。

 外国による認知戦を警戒することは必要である。しかし特定の政治的意見が外国による影響工作の結果と安易に決めつけることことこそが、政治や社会における分断を煽る結果につながるのである。

 『白書』はこのコラムについて「研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません」と責任回避を図っている。しかし、そもそも政府公文書でこうした見解を紹介すること自体が、国民の分断を煽ることになりはしないか。


 コラムの筆者の防研部内研究での分析

 以上指摘したように、このコラムには、沖縄における政治的な対立や意見の相違を、中国による影響工作と結び付けてしまいかねない危うさがある。

 では、なぜこのコラムが沖縄への中国による影響工作をことさらに強調しているのか。その背景を考える上で、興味深い資料がある。

 それが、防衛省・自衛隊のシンクタンクである防衛研究所の部内研究報告書「中国による偽情報やプロパガンダ等を利用した影響工作の実態」(令和6年度特別研究成果報告書)だ。なお「特別研究」とは、内部部局や統合幕僚監部等の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的に実施される調査研究をいう(平成11年防衛研究所達第1号「防衛研究所の調査研究に関する達」第2条)

 実は、同部内研究の筆者はコラム筆者でもあったのだ。

 その研究は、中国による偽情報やプロパガンダなどを利用した影響工作活動を分析したもので、『白書』のコラムでは控えられていた露骨な指摘がある。

 同報告書では、中国による認知戦について極めて強く警戒していることが分かる。『白書』のコラムはその見解をオブラートに包んで表現したものと言える。


【関連情報】

中国の影響工作活動の主対象は沖縄―防研部内研究の指摘ここをクリック



 
 
 

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