〔解説〕北朝鮮の軍事偵察衛星発射に備えて、自衛隊は先島諸島への地対空誘導弾PAC3を展開させています(『琉球新報』4月27日05:50)。
この防衛省の対応が、ちょうど2012年4月に北朝鮮が行った「人工衛星」発射の際と同じなので、この対応がいかに無意味かを理解してもらうために、同年4月20日に配信した(ニュースの背景:「メディアの報道は北朝鮮への悪意の発露―北ロケット発射報道を巡る無知と誤解」)を改めて掲載致します。
筆者は向井 孝夫 本会研究委員(元1等空尉)で、本稿は現職の1等空尉時代に執筆したものです。
北朝鮮の今回のロケット発射を巡るメディアの報道は、悪意に満ちていると言わざるを得ない。
なぜなら今回の報道は、いずれの国でも行っていることが、北朝鮮であるゆえに「危険」に結び付けられて報じられているからだ。同国が日本にとって「危険」な存在であるのは間違いないが、今回の発射が我が国に危険を及ぼしたかは別問題だ。
我が国の北朝鮮に関する「客観報道」は、両者の問題を明確に分別せず、前者のバイアスを通して後者の問題を論じるので、結果的に偏向する。
特にひどかったのが、①「人工衛星と称した事実上の長距離弾道ミサイル」との呼称②落下物の危険性③燃料の有毒性の3点に関する報道である。
①の言いがかりは日本にも当てはまるし、②に関しては韓国が2010年6月10日に打ち上げて爆発・墜落した「羅老2号」の航跡の方が日本にとってより危険であったし、③について言えば、ロケット燃料はいずれも有毒なのだ。
それらに言及せず、ロケット発射の危険を歩調を揃えて訴えるメディアの報道には、全く驚かされた。一定の「世論」の流れができると、それに「回れ右」のごとく一斉に報道内容が偏る我が国メディアの悪い癖が今回も表れた。
そこで、この3点に関してメディアが報じない「異見」を紹介したい。
①「人工衛星と称した事実上の長距離弾道ミサイル」との呼称
今回の報道で北朝鮮に対する悪意の発露の象徴が、「人工衛星と称した事実上の長距離弾道ミサイル」という言い方だ。
そもそも弾道ミサイルも人工衛星の打ち上げ機(ロケット)も、全く同じものである。運搬手段の先頭に爆薬が備え付けてあれば弾道ミサイル、人工衛星が備え付けてあれば打ち上げ機と呼ばれるだけだ。技術的には、地球を一周できる人工衛星を打ち上げられるロケットであれば、当然地球の裏側まで弾頭を運搬することが可能となる。このため人工衛星打ち上げの成功は、(弾頭重量の問題を無視すれば)大陸間弾道ミサイルの開発の成功を意味する。
つまり「人工衛星と称した事実上の長距離弾道ミサイル」という言いがかりは、日本にも当てはまるのである。ちなみに宇宙航空研究開発機構(JAXA)のホームページ(http://www.jaxa.jp/projects/in_progress_j.html)を覗くと、「人工衛星と称した事実上の長距離弾道ミサイル」の発射予定が目白押しである。
②落下物の危険性
落下物の危険性の報道は、北朝鮮に対するネガティブ・キャンペーンの様相を呈していた。
人工衛星を打ち上げる場合、衛星を除くロケットの大半(エンジンや燃料タンク等)は、燃え尽きずに地上に落下するか、一部が衛星と共に軌道上に残りスペースデブリ(宇宙ゴミ)となる。従って北朝鮮に限らず、どこの国が人工衛星を打ち上げても、落下物の危険性は常に存在するのである。
このため、人工衛星を打ち上げに当たっては、落下物が公海上に落ちるように発射軌道を定めると共に、船舶や航空機の航行の安全のため、国際海事機関(IMO)等を通じて関係諸国に事前に通知する。今回、北朝鮮はこの手順を守っており、また落下物予想区域も日本から全く外れていることについてメディアは殆ど言及していない。
今回の発射による落下物の危険性の程度なら、我が国も同様に及ぼしている。JAXAの「平成24年度ロケット打上げ計画書」(http://www.jaxa.jp/press/2012/03/20120321_sac_h2af21_2.pdf)を見て欲しい。我が国のメディアは全く報じていないが、日本も北朝鮮と全く同じことを行っているのだ。
更に言えば韓国が2010年6月10日に打ち上げて爆発・墜落した「羅老2号」(ナロ2号)の飛翔予定コースは、沖縄諸島上空であった。航跡図を見れば分かる通り、落下物の危険性の度合いはこちらの方が遙かに高かった。
この点からして、今回全くの茶番であったのが、「万万が一に備え」(内閣官房長官コメント)て実施されたPAC-3の展開であった。
なぜならロケットの落下物で一番被害が出やすいのは、ロケットの発射地点である。なぜなら我が国のロケット発射場(内之浦宇宙空間観測所、種子島宇宙センター)は、いずれも周辺に市街地がある、ブースト段階で事故が起これば周辺住民に落下物が飛来することは免れないのである。
従って、今回のように落下物に備えてPAC-3を展開するなら、我が国でロケット発射が行われる際にも、「万万が一に備え」てPAC-3を周辺に展開することを是非とも政府に求めたい。
また今回メディアは、落下物の危険でこれほど騒いだが、どこに落ちるかわからなかった昨年の独人工衛星(https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2900D_Z20C11A9000000/)の落下の方がむしろ危険であったはずだ。
制御を失った人工衛星の場合、大気圏突入の時期の予想は直前まで不確定である。軌道傾斜角が大きいほど落下する可能性のある地域が広がることになり、予め落下地点を特定するのは難しくなる。それに比べれてロケットは、打ち上げ時にはコースがほぼ決まっており、落下地点の特定が容易だ。
更に今回メディアはイージス艦発射のSM-3や地上展開のPAC-3が落下物に命中させることができるかを盛んに論じることで、弾道ミサイル防衛に関する自らの無知をさらけ出していた。
SM-3やPAC-3は飛来する弾道ミサイルの弾頭に迎撃ミサイルの弾頭を直接衝突させて弾道ミサイル弾頭を無力化するという「運動エネルギーによる破壊」という方式を採用している。その理由は、弾道ミサイルの弾頭が、大気圏からの再突入による熱などの影響を受けないように非常に強固な物質で覆われているため、至近での爆発で破壊することが困難であることから、直接衝突させるのである。
メディアはミサイルの命中ばかり論じているため、命中すれば落下物が四散霧消するかの印象を受けるが、実際は、ロケット部分は弾頭に比してその装甲が薄い(例えて言えば巨大なドラム缶が落下するようなもの)ために、弾頭は目標を破壊することなく突き抜けてしまう可能性が高い。いずれにせよ、報道を見る限り、落下物の落下を弾道ミサイル防衛では止めることができないという当たり前の話をメディアは分かっていないようだ。
③燃料の有毒性
燃料の危険性のことも、殊更のように言われているが、ロケットの燃料は基本的に全て危険だ。今回、非対称ジメチルヒドラジン(化学式(CH3)2-N-NH2)のことばかり言われているが、あの「はやぶさ」にも燃料にモノメチルヒドラジン(化学式CH3-NH-NH2で)が使われていた。「はやぶさ」においては、モノメチルヒドラジンが漏れ出し、これが蒸気となって吹き出し姿勢が崩れて一時的に通信途絶の状態となったのだ。
非対称ジメチルヒドラジンもモノメチルヒドラジンも我が国では消防法により危険物第5類に指定されている。
今日、NASAやJAXAで多く使われている液体水素や液体酸素も人体がまともに大量に浴びればどうなるか容易に分かるだろう。
非対称ジメチルヒドラジンは揮発性の高い物質であり、もし打ち上げに失敗して落下したとしても、発射地点から距離のある場所であれば、大気圏に突入する段階で高熱により蒸発し、燃料タンクが破裂すると考えられるし、破裂すれば、高高度では気圧が低いから、たちまち気化し、地上に落下するまでほとんど液体では残らないと考えられる。
沖縄の先島諸島を通過する時点においては、1段目は切り離されているし、2段目の燃料も消費しているので、大量の燃料が降り注ぐようなことは考えにくい。もちろん落下物に触らぬに越したことはないが・・・。
ちなみに非対称ジメチルヒドラジンはロケット燃料としては安全性が高い燃料である。なぜなら酸化剤と触媒とを合わせるだけで点火できる性質(ハイパーゴリック性)を持っているからである。ロケットで一番危惧すべきことは、燃料と酸化剤の混合が適正値からずれることで、それは制御不能の爆発を引き起こすからだ。それを防ぐためには点火をあえてしなくても、勝手に燃えだして消費される方が安全なのである。
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