top of page

ウクライナ紛争を知るための戦場雑学

  • 軍事問題研究会編集
  • 2022年5月19日
  • 読了時間: 23分

更新日:2023年5月31日

 ロシアによるウクライナ侵略―便宜上「ウクライナ紛争」と呼ぶ―について、ニュースやワイドショーでは、学者先生や自衛隊高級幹部OBが国際政治や軍事戦略と行った高尚な次元での解説が行われている。

 当会は、そうした高度な話題は提供できないので、戦況のニュースを見て感じた素朴な疑問を思いつくままにこのコラムに掲載していきたい。

 なおここに掲載する記事は、本会員向けなので、本会会報(『軍事民論』)及びニュースを読んでいることを前提としている。従って内容を深く理解をしたい方は、これを機に入会戴きたい。本会アドレスttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jpまでその旨ご連絡戴け会方法を御説明致します。


2023年5月31日(32) イスラエルがロシアを非難できない中東事情

 イラン脅威への対応として、イスラエルは内戦が続くシリアにおいて影響力を強めるイランや関係組織に対し、幾度も攻撃を実施してきた。これらの行動を「戦間期軍事行動(Campaign between Wars:CBW、ヘブライ語の略称はMABAM)」ともいう。一五年、ロシアがシリア内戦に軍事介入して以降、CBWを実行するにはシリア領空を統制するロシアの「黙認」が必要となった。ロシアのウクライナ侵攻に対し、イスラエルが「中立」姿勢の維持に努めている理由の一つであるが、度重なる米国からの要望もあり、イスラエルのコーヘン外相は今年二月一六日、ウクライナの首都キーウでゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナへの支援拡充を表明した。ロシアとイランの接近が、ウクライナ情勢に対するイスラエルの政策と中立姿勢に変化をもたらす可能性も議論されている。

【出典】(資料番号:23.6.1-4)「最右派政権発足で行き詰まるイスラエルの対外政策」『外交』Vol.78(2023年3月31日発行)掲載88頁。


2023年1月27日(31) 戦車の整備はこれほど大変

 アメリカとドイツ両政府は1月25日、ウクライナに戦車を供与すると発表した。これにより戦局が大きく変わるという向きもあるが、戦車は運用以上に整備に負担がかかるという点が見落とされている。

 戦車を滞りなく運転させるには、以下の整備を定期的に行う必要がある。

【出典】「演習対抗部隊(第2部 作戦・戦闘)」(陸上自衛隊訓練資料4-10-01-03-26-0)560頁。


2022年12月30日(30) 通説に抗う論考

 判官贔屓からか、ウクライナ紛争を巡る我が国メディアでは露軍劣勢、ウクライナ軍勝利は間近というの論評がほとんどだが、そうした通説に抗う論考に以下のものがあるので一読されたい。


2022年11月22日(29) ウクライナ兵による露兵捕虜処刑疑惑

 我が国メディアはほぼ黙殺しているが、ウクライナ兵が露兵捕虜を処刑したとする疑惑が挙がっている。これを報じる海外メディアは以下の通り(タイトルにクリックすると記事にアクセスできる)

 Ukraine Says It Will Investigate Videos of Dead Russian Soldiers (The Wall Street Journal) *ロシア人捕虜の処刑を撮影した動画が掲載。


2022年11月14日(28) ウクライナ避難民の受入国(受入数と受入国人口に占める割合)

 下図は、米シンクタンク「ヘリテージ財団」が最近まとめたレポートに掲載された、ウクライナ避難民の受入国の一覧(左が受入人数、右が受入国人口に占める避難民の割合)である。

【出典】The Heritage Foundation, 2023 Index of U.S. Military Strength, October 2022, p.76.

(注)上図は、解像度を敢えて落としております。鮮明な図をご希望の方は、本会ttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jpまでお申し付け下さい。


2022年11月10日(27) ウクライナが求める対露交渉の前提―大統領が5項目提示

 ウクライナのゼレンスキー大統領が11月7日に公開したビデオ演説で、

ロシアとの和平交渉を開始する前提として5項目を挙げている。

【出典】ゼレンスキー大統領 停戦交渉再開の条件 5項目掲げる https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221109/k10013885371000.html

【右図出典】2022年11月9日付『讀賣』第14版第9面。


2022年11月9日(26) ロシア「核戦争防止について」声明

 ロシアが「核戦争防止について」との声明を発表したと報じられている(https://news.yahoo.co.jp/articles/49030af55a3913a3b065eb36fb8836263d1d59fc)

 これは、ロシア外務省HP(英語)に掲載されており、以下のURLからアクセスできる。

Statement of the Russian Federation on preventing nuclear war


2022年10月24日(25) 対露経済制裁による露兵器産業への影響

 米国務省は、対露経済制裁が露兵器産業に以下の影響を与えたと主張している。

・ ウクライナにいるロシア軍への大幅な供給不足により、ロシアはイランや北朝鮮など技術的に進んでいない国々に物資や装備を頼らざるを得なくなっている。

・ ロシアは半導体やその他の主要部品の輸入に苦慮している。輸出規制により、ロシアは海外で入手できなくなった既存の航空会社の部品を流用せざるを得なくなっている。

・ ロシアの極超音速弾道ミサイルの製造は、製造工程に必要な半導体が不足しているため、ほぼ停止している。

・ ロシアの軍事航空計画は、世界的な航空貿易による補給から切り離されている。

・ ロシアのメディアは、次世代早期警戒管制機の生産が、半導体などの海外部品の不足により停滞していると報じている。

・ 地対空ミサイルを生産を含む機械工場は、外国製部品の不足で操業停止に陥っている。

・ ロシアがソ連時代の国防在庫に逆戻りしたのは、我々の措置により国内サプライチェーンを補充するロシア企業の能力が阻害されたためである。

・ ドル建て為替、会計、経営コンサルティング、量子コンピュータ、信託・会社設立サービスなど、特定の商品・サービスのロシア連邦内の人への輸出は現在禁止されている。

【出典】The Impact of Sanctions and Export Controls on the Russian Federation https://www.state.gov/the-impact-of-sanctions-and-export-controls-on-the-russian-federation/


2022年10月1日(24) ロシアの攻撃による原子炉の安全性リスク

 米議会調査局がまとめたレポート「Russian Military Actions at Ukraine's Nuclear Power Plants」は、現在進行中のロシアの軍事行動が、ウクライナの原子力発電所の安全性に与えている潜在的脅威として以下の指摘を行っている。

・ 1基あるいは複数基の原子炉への直接的軍事被害

 原子力発電所は軍事兵器に耐えられるようには設計されていないため、コンクリート製の原子炉格納容器や鋼鉄製の圧力容器を直接貫通し、高濃度の放射性物質の放出を許す可能性がある。

・ 原子炉の安全システムに対する軍事的損害

 軍事攻撃によって原子炉格納容器が損傷しなかったとしても、爆発や火災によって、炉心の過熱を回避するために不可欠な安全システムが機能しなくなる可能性がある。

・ 発電所の停電:電力の消失

 原子力発電所は、冷却ポンプや制御システムを動かすために電力に依存している。電力網からの電力が失われた場合、ディーゼル発電機がバックアップ電力を発生し、電力網が回復するのに十分な間、運転するよう企図されている。電力網とディーゼル発電機の両方から電力が失われると、発電所は停電し、原子炉が停止したにもかかわらず、放射性物質の放出を引き起こした福島の状態となる。

・ 施設人員の混乱

 軍事行動が、原子力発電所の運転・維持・管理に必要な何百人もの作業員を妨害したり、阻止したりすれば、発電所の安全性が危険にさらされる可能性がある。

・ 使用済み燃料プールまたは冷却システムへの損害

 使用済み燃料プールが損傷して水が抜けたり、冷却システムが機能しなくなった場合、使用済み燃料が過熱し、大量の放射性物質が周囲に放出される可能性がある。

                   【ウクライナで運転中の原発地図】


(注) 右図は解像度を下げて掲載しています。鮮明な図を希望の場合は、本会(ttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jp)までお問い合わせ下さい。    

【出典】(資料番号:22.10.1-3)「Russian Military Actions at Ukraine's Nuclear Power Plants」(2022年9月12日 米議会調査局)2頁。



2022年9月25日(23) ウクライナの飛行場と主要インフラ(軍民含む)

 ウクライナの飛行場と主要インフラ(いずれも軍民含む)は以下の通り。

(注) 上図は解像度を下げて掲載しています。鮮明な図を希望の場合は、『軍事民論』第700号(ここをクリック)をご購入下さい。

【出典】(資料番号:22.9.26-1)「Russia's War in Ukraine: Military and Intelligence Aspects」(2022年9月14日 米議会調査局)7頁。


2022年8月25日(22) ロシアの戦略核戦力基地

 ロシアの戦略核(ICBM、戦略ミサイル原潜、戦略爆撃機)の主な基地は以下の通り。

【出典】(資料番号:22.5.1-6)「Russia's Nuclear Weapons: Doctrine, Forces, and Modernization」(2022年4月21日 米議会調査局)17頁。


2022年8月24日(21) 情報の真偽判定方法―海自『情報教範』のテクニック

 『軍事研究』2022年9月号掲載「情報戦で戦うウクライナ戦争」で黒井 文太郎 氏が「不確かな情報」の真偽の見極め方を開陳しており、大変参考になる。

 これに加えて、海上自衛隊のテクニックも参考になるので紹介したい。

 海自では情報を以下のように「信頼度」と「正確度」の2つの角度から格付けする。ここで注意すべきは、信頼度の高さが、正確度を保証しないということだ。あくまでも別々に評価され、その総合評価で情報は格付けされるのである。

【出典】(資料番号:05.1.7-1)「情報教範」(海上自衛隊教範211号)48頁。


2022年8月11日(20) 露ウが加盟する国際人道法

 両国が加盟している主な国際人道法は以下の通り。

【出典】(資料番号:22.8.11-1)「ロシアによるウクライナ侵略(1)主な経過―ロシアの軍事行動と国連、G7等の対応―」『立法と調査』(参議院常任委員会調査室・特別調査室)第448号(2022年7月29日)44頁。


 バイデン米政権がロシアの侵攻を受けるウクライナに供与した大量の兵器を追跡管理しきれず、一部がロシア側に流出した疑いがあることが15日、米政府関係者の話で分かったと報じられている(「米支援兵器、ロシアへ流出疑い 追跡不能、拡散の懸念」)

 この記事は、以下の記事を後追いしたもの。


2022年7月18日(18) 100㎞以内に弾薬集積場を設置できないと前線の露軍の運命は

 ウクライナ軍(ウ軍)幹部は14日の記者会見で、高精度の長距離砲による攻撃で、ロシア軍は前線から100キロ以内に小部隊用の弾薬集積場を設置できない状態になっていると主張していると報じられている(「ウクライナ、南部ロシア施設を攻撃 欧米提供の兵器使い反撃準備」)

 この主張の通りとすると、これから前線の露軍は弾薬補給の遅れに悩まされることになる。しかし今後1週間経っても露軍の攻撃に衰えが見えなければ、この主張は「大本営発表」と見なして良かろう。

 陸上自衛隊が訓練用に(露軍を含む)仮想敵の編成及び戦術をまとめた「演習対抗部隊(第2部 作戦・戦闘)(訓練資料4-10-01-03-26-0)によれば、前線から100㎞程度に設けられるのが統合方面軍前進兵站基地である。兵站基地であるので、もちろんここには弾薬集積所が設けられるが、これにとどまらず燃料や食料についても集積される。従って弾薬集積場を設置できない状態というのであれば、この統合方面軍前進兵站基地が設置できない状態になるはずで、ウ軍幹部がわざわざ「小部隊用の弾薬集積場」と断りを入れた意図は不明だ(翻訳する中で誤りがあったのかもしれない)

 この兵站基地は統合軍が行う通常の作戦を2~3日支援する物資を保管する。ここから軍~師団~旅団~大隊の各兵站施設(段列)へ順番に物資が送られる(緊急時を除き、師団を飛び越して軍から旅団に直接送られることはない)

 従って統合方面軍前進兵站基地が後方に下がると言うことは軍段列との距離が遠ざかることを意味し、補給の遅延につながる。またこのことは玉突きで、旅団や大隊への補給も遅延することとなる。

 「演習対抗部隊」によれば、野戦砲1門当たりが携行する弾薬は60~80発。前線では1日でこの1.5~2倍を消費する。後方から弾薬が送られてこなければ、最悪、半日で弾薬が尽きてしまうのだ。

 以上から、ウ軍幹部の主張通りなら、露軍の攻撃は急激に衰えを見せなければならない。しかし今後1週間経っても露軍の攻撃に衰えが見えなければ、この主張は「大本営発表」と見なして良かろう。


2022年6月24日(17) ウクライナ紛争での「勝利」とは

 戦争(紛争)における「勝利」とは、その目的を達成することである。「戦闘」における勝利を積み重ねても、「戦争」に勝利できないことは、ベトナム戦争において米国が証明している。

 連載(12)で紹介した『戦理入門』は、戦争における目的と目標の重要性を強調すると共に、両者の関係を以下の通り説明している。


 まず目的を確立し、その目的を達成するための具体的に追求すべき目標を明らかにする(目標は目的に付随する)。


 目標は、目的を達成するため具体的に追求すべき事項であり、目的達成に対し決定的意義を有し、かつ達成可能でなものでなければならない。


○ 決定的意義とは目的達成に直結するものであり、達成の可能性は自己の戦闘能力と敵の相対的な戦闘力との較量のて判断される。


 この解説からすると、ウクライナ紛争の現状において、ロシアは当初掲げた目的に付随しない目標に向かっており、ウクライナ及びそれを支援する西側諸国のいずれも達成すべき目的が明確でない(何をもって勝利とするのか不明)。

 ウクライナを支援する西側諸国において戦争目的の不一致が今後の問題となる点を以下の記事が指摘しており、参考となるので一読されたい。

ウクライナを脅かす西側の分裂 ベトナム戦争に通じる「勝利」の定義、重大な決定を大きく左右 [Financial Times]  https://miu.ismedia.jp/r/c.do?1JaU_sjN_3aN_sds


2022年6月10日(16) ニュース「ウクライナ軍、戦車など兵器の半分失う 損害公表し支援訴え」の元ネタ

 ウクライナ陸軍のカルペンコ後方支援司令官は、2月に侵攻してきたロシア軍とのこれまでの戦闘の結果、ウクライナ軍の兵器の最大50%に損害が出たと明らかにした(ウクライナ軍、戦車など兵器の半分失う 損害公表し支援訴え)

 このニュースの元ネタは、以下のURLです。

 BREAKING: Ukraine to U.S. Defense Industry: We Need Long-Range, Precision Weapons (UPDATED)


2022年6月10日(15) 米国によるウクライナへの軍事援助―米議会調査局レポート

 米議会調査局レポート「U.S. Security Assistance to Ukraine」(2022年6月6日)によれば、米国による2016~2022会計年度までのウクライナへの軍事援助は以下の通り。

 また2022年1月から6月1日現在までの武器援助は以下の通り。

2022年6月7日(14) 「ランチェスターの第2法則」が示す戦闘での数の優位

 ウクライナ軍の善戦と判官贔屓のゆえか、同軍の反転攻勢を予想(期待?)する報道を目にするが、戦況は同軍にとってそんなに都合良く好転するものではない。

 現在露軍は、「特別軍事作戦」という建前から必要な兵力の動員ができないため、ウクライナ軍を押し切ることができない。そこで建前を捨て、動員で兵力を増強できるようにして、消耗戦を図ることになればウクライナ軍は一気に苦しい立場におかれる。

 なぜなら戦闘では残酷なほど数の優位が発揮されるからである。

 戦闘に関する理論研究の一分野に交戦理論がある。交戦理論とは、交戦中の彼我の打ち合いでの兵力損耗過程の特性分析と、交戦の最適な制御(複数目標に対する兵力配分や最適な火力の指向など)を分析する理論研究をいう。

 この交戦理論の古典的なモデルに「ランチェスターの第2法則」(2次法則とも呼ばれる)があり、損耗の大まかな見積によく使われる。

 このモデルは、彼我の損害数は兵力数の2乗に比例するという考えに基づき、以下の数式で結果を求める。



  Mo:敵軍の初期の兵力数 M:敵軍の戦闘後の残存兵力数

  No:自軍の初期の兵力数 N:自軍の戦闘後の残存兵力数

  E:Exchange Rate(交換比)

 このモデルでは、彼我の能力が同等であれば、交換比は1となり数の優位が圧倒的な結果を生む。

 例として、同等の能力の敵軍兵士10名と自軍兵士6名が戦闘し、自軍兵士が全滅(0名)した場合の敵軍兵士の残存数は何名になるか?直感的には4名と考える(感じる)かもしれないが、計算上(交換比が1なのでEの値は省略)は以下の通りだ。

 なんと8名も残るのである。

 「ランチェスターの第2法則」のモデルに従えば、数の劣勢は、戦闘で消耗が増せば増すほど更に劣勢を招くのである。




2022年6月6日(13) ウクライナ紛争でのバイデン政権の方針

 バイデン大統領が、ウクライナ紛争での同政権の方針をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したのが以下の記事だ。

 この中で、ウクライナへの侵攻を続けるロシアのプーチン大統領について「追放しない」と明言している。

 President Biden: What America Will and Will Not Do in Ukraine


2022年6月5日(12) 包囲とは

 この紛争では、露軍によるウクライナ軍の包囲がよく報じられるが、この「包囲」を字面だけで何となく理解したつもりでいる人が多いと思われる。

 そこで「兵語」としての包囲の意味について、陸自幹部で構成される研究団体「陸戦学会」が発行した『戦理入門』の解説を紹介したい。

 包囲とは、敵を正面に拘束しつつ、主力をもってその外翼の一方向、又は両方向から敵の側背を攻撃し、なし得れば空中から敵の後方の目標を占領し、敵の退路を遮断して戦場で捕捉撃滅しようする攻撃機動の方式である。

 敵の側背を攻撃するのは、防御側(敵)の正面が最も堅固に組織化されている一方で、側面は相互支援に欠くことから一般に弱点を構成し易いためである。

 包囲には、①防御側の弱点である側面又は背面を打撃することができる②態勢そのものが敵に脅威を及ぼし、劣等意識を与え、継戦意志を減少又は放棄させる効果がある③敵の後方連絡線を遮断して、物的継戦能力を枯渇させることができる、という利点がある。

 そして包囲の成功には、①奇襲②相対運動力の優越③正面での敵の拘束④優勢な戦闘力の保持⑤各部隊の連携ある行動⑥適切な基礎配置、が必要とされる。

2022年6月5日(11) 米供与の高機動ロケット砲システム「ハイマース」を巡る誤解を正す

 米国がウクライナに供与する高機動ロケット砲システム「ハイマース」(正式名称:M1

42 HIMARS)を巡る報道が混乱して、以下のような誤りが見られる。

 同兵器に関しては米ランド研究所の右のレポートに詳しく紹介されているので、これを元に報道の混乱を正したい。

 バイデン米政権は1日、ロシアに侵攻されたウクライナに対して高機動ロケット砲システム「ハイマース」や旧ソ連時代に開発されたMI17ヘリなど、約7億ドル(約906億円)の追加軍事支援を実施すると正式に発表した。

(中略)

 ハイマースの射程は約80キロ。ウクライナは当初、国境を越えてロシア国内の標的を攻撃可能なの多連装ロケットシステム(MLRS。最大射程約480キロ)の供与を求めていたが、バイデン氏は「露国内をたたくための兵器は送らない」と明言していた。

 この記事では、高機動ロケット砲システム「ハイマース」と多連装ロケットシステム(MLRS)を別の兵器のように扱っているが、ランド研究所レポートでは、両者とも「rocket launcher systems」に分類している。また多連装ロケットシステムの名称は「M270 MLRS」という。

 両者の違いは、M142 HIMARSが装輪(タイヤ)車で、M270 MLRSが装軌(キャタピラ)車。それぞれウィキペディアに写真(前者後者)が掲載されているので確認されたい。

 両兵器とも227mm rocketとATACMS(Army Tactical Missile System)rocketを発射できる(後者がミサイルシステムでありながら、ロケットと称する理由は不明だが)。そして300㎞の射程を持つのが後者だ。

 米国はM142 HIMARSをウクライナに供与するに当たって、ロシアにとっては戦略兵器となりかねないATACMS rocketの提供は行わないとしているのである。この点を理解しないと、「搭載する弾薬についてはウクライナ側の期待に応えず、射程がより短いものを引き渡すことを決めた」ウクライナ、ロシア領攻撃に使わずと確約 米提供のロケット砲という意味が理解できない記述になってしまう。



2022年6月2日(10) 露軍の蛮行証言は全て事実か?―湾岸戦争「ナイラ証言」の教訓

 ニュースでは露軍の蛮行を告発する証言が日々報道され、その凄惨な内容に怒りを禁じ得ないが、そうした証言を検証なしに受け入れては過ちを犯すことになるので注意が必要だ。

 戦争においては加害国、被害国にかかわりなく、両国が自国を有利に導くためにウソの証言を発信するからだ。

 我々の記憶に残る有名なウソの証言としては、イラクによるクウェート侵攻(1990年8月)から湾岸戦争(1991年1)に至る間での、米議会での15歳の少女の証言がある。ナイラという少女は「クウェートを占領したイラク軍兵士が病院の保育器から新生児を次々と取り出して床に放り出し死なせた」と涙ながらに目撃談を語ったことで、世論を一気に戦争支持に向かわせたのであった。

 しかしこの証言は作り話で、少女は在米クウェート大使の娘で、イラクへの武力行使をうながすためのプロパガンダであったことが明らかになっている。


2022年5月24日(9) 攻防の成功と人的損耗率

 戦闘の勝敗が決まった場合の人的損耗率はどの程度か? 第2次世界大戦の欧州戦場における事例を攻撃と防御に分けて整理したのが右図である。

 攻撃に比して、防御の方が人的損耗に耐えられることが見て取れる。

【右図出典】「人員損耗の基本的性質について(2・完)」『陸戦研究』第322号90頁。


2022年5月24日(8) 戦車の敵はジャベリンだけではない

 個人携帯対戦車火器が戦車の装甲に対抗できなかった時代は、対戦車地雷が有効な対抗手段であった。

 今日もまたその有効性は失われてはいないはずだが、ウクライナ紛争において対戦車地雷の成果をウクライナ政府が誇示することはない

 その一方でジャベリンの戦果をウクライナ政府が殊更誇るのは、米国の更なる軍事援助を

引き出すためのアピールであると共に、対戦車地雷への注意をロシア軍からそらす狙いがあるのかもしれない。


【右図出典】「国土地形に応ずる対戦車   戦法(2-1)―防御的側面からの一考察―」『陸戦研究』第322号77頁。



2022年5月24日(7) 米国によるウクライナ向け軍事援助

 2014~2021年にかけて米国はウクライナに向けて以下の軍事援助を行ったという。

• ジャヴェリン対戦車ミサイル発射機75基(ミサイル540発)

• HMMWV軽装甲車276両

• トヨタ「ランドクルーザー」145両・フォード57両

• RQ-11Bレイヴン小型無人機24セット

• アイランド級哨戒艇4隻

• AN/TPQ-48/49対砲兵レーダー40基・AN/TPQ-36/37対砲兵レーダー15基

• 「シャープ・アイ」レーダー10基

• 電子戦システム48セット

• 夜間暗視装置9337セット

• 無線機4251セット

• M1982 1200mm迫撃砲16門

• M240B機関銃185丁

• AK-74自動小銃5173丁

• PMピストル2400丁

• M107A1狙撃銃122丁

【出典】小泉 悠「ウクライナの軍事力─旧ソ連第2位の軍事力の現状、課題、展望」『大国間競争時代のロシア』(令和3年度外務省外交・安全保障調査研究事業)99~100頁。


2022年5月23日(6) 命中精度の良さ=破壊力の強さ

 ウクライナ紛争を巡り大砲やミサイル等を紹介する報道で、命中精度の良さが強調されている記事を目にする機会が多いと思われる。

 ところで命中精度の良さには、いかなるメリットがあるのかと問われれば、言葉に詰まる人が多いのではないだろうか。

 命中精度の良さの一番のメリットは、破壊力の強さにつながることなのである。

 破壊力の強さを示す数式としてよく用いられるものとして以下の式がある。

 Kは破壊力、CEPは半数必中界―大雑把に言うと着弾の際の誤差の距離―、yは弾頭威力を示す。

 大まかに言うと、弾頭威力を10倍にしても破壊力は5倍にしかならないが、CEPの距離を10分の1にすると弾頭威力はそのままで破壊力は100倍になる。

 通常炸薬で破壊力を増やすには弾頭容量を増やす必要があり、同じサイズの弾頭やミサイルでは限界がある。従って、命中精度を高めることは、破壊力の拡大につながるのだ。


2022年5月22日(5) 米M777榴弾砲の殺傷力

 アメリカがウクライナ軍に供与するM777榴弾砲だが、メディアでは射程などが紹介されているが、その殺傷力について言及されることがない。

 以下の表は、陸上自衛隊富士修親会が「連隊以下の幕僚及び中・小隊長等の教育訓練計画の作成及び実施の参考として発刊」した『普・特・機ハンドブック』に掲載されたものだ。

 「有効区域」とは、暴露立姿の人員が少なくとも50%死傷すると考えられる区域をいう。

 報じられるところでは、M777のウリは軽量さであり、性能は同種の榴弾砲と比べて飛び抜けて良いというわけではないということなので、弾頭の殺傷力は下記の表とほぼ同じであろう。

2022年5月21日(4) ジャベリンはなぜ戦果を挙げているのか―陸自富士学校が評価する点

 ジャベリン対戦車誘導弾が戦果を発揮している。

 その理由として、戦車装甲の薄い砲塔上部を狙うトップアタック攻撃が挙げられるが、それに劣らず評価されるべき点が陸上自衛隊富士学校隊内誌『富士』第223号で指摘されているので紹介したい。

 対戦車誘導弾に求められる技術には、①戦車の防護能力向上に対抗する技術②命中精度を向上させるための誘導技術③射手の残存性向上のための技術がある。

 ①は今回の紛争で良く知られるようになったトップアタック攻撃やタンデム型成形炸薬弾頭であり、②は「ミリ波誘導」等の正確に目標に向かう誘導技術である。これら2つの技術が大切であることは素人でも理解できるが、そうした中で見落とされがちなのが③の技術だ。

 旧来の対戦車誘導弾は発射時の後方爆風の危険から屋内や掩体壕内での発射はできなかった。このため射手がそうした場所に隠れていたとしても、発射の際には外に出るしかなかった。当然のことながら射手は存在を暴露することになるので、そこで敵に発見され攻撃を受ける危険が高まる。

 ジャベリンは、誘導弾の推進力を射出用と飛翔用の2段階にすることで後方爆風を減少させ、屋内や掩体壕内での発射を可能とした。これにより射手は敵に対する露出が控えられるので、その残存性が高まるのである。

 また敵戦車からすれば、射手の存在が認識されないことから、攻撃の発見の遅れにつながり、これがジャベリンの戦果につながったとものと推測される。


【ジャベリン断面図】

 上図は、解像度を敢えて落としております。鮮明な図をご希望の方は、本会ttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jpまでお申し付け下さい。


2022年5月20日(3) どの程度損害を受けると軍隊は「敗北」か?

 露軍の予想外の存在から、同軍の敗戦を予測する記事が目につき始めた。

 しかし戦闘というのは相対的なもので、ウクライナ軍(以下「ウ軍」)も損害を出しているはずであり、彼我の損害の比較(ランチャスターの第2法則に関わる問題で後日紹介したい)なしに露軍の敗戦と一方的に決めつけるのは科学的な検証とは言えない。特にロシアは、本土にまだ動員できる膨大な予備兵力を抱えており、既に総動員態勢となっているウ軍に比べれば圧倒的な余力が残っていることを忘れてはならない。

 そこで兵力の追加がないという前提で、軍隊(部隊)はどの程度損害を出せば「敗北」となるかについて、陸上自衛隊における目安を紹介したい。

 現役陸自幹部及びそのOBからなる研究団体「陸戦学会」が、陸上自衛官の戦術研究のために「戦術用語の参考」という冊子を発行している。それによると以下の通りだ。

 戦闘力の破壊は、戦闘力低減の程度に応じて「撃破」「撃滅」「殲滅」(小→大)に分類される。

 撃破とは、部隊が一定の期間作戦・戦闘ができない程度あるいは最小限度にも企図を達成できない程度にその人的・物的戦闘力を低減させることをいう。

 また撃滅とは、部隊が、じ後の作戦・戦闘が不可能な程度にその戦闘力を低減させることをいう。

 そして、部隊がほぼ完全にその戦闘力を喪失させることを特に殲滅というが、現実的には、特定の場合を除き殲滅されるまで戦闘が行われることはないため、通常、撃滅の段階で作戦・戦闘は終息するものと考えられるとしている。

 保有戦力との関係で言うと、戦力が75%まで低下すると攻撃は不可能になり、75%未満~45%超(撃破)の間であれば防御は可能である(ただし部隊の再編成等が必要となる)。更に10%まで低下(撃滅)すると戦闘不能となり、2%にまで低下(殲滅)すると部隊は消滅という状態になる。

 以上の目安を機械的に当てはめれば、露軍が兵力を3分の1失ったとしても、現状の攻撃から防御に移行することで、占領地域の維持を続けることは可能と言える。

 上図は、解像度を敢えて落としております。鮮明な図をご希望の方は、本会ttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jpまでお申し付け下さい。


2022年5月19日(2) 日本で一番詳細なT72戦車の断面図

 ウクライナ紛争では露軍T72戦車の意外な弱さがメディアで報じられている(砲塔はまるでびっくり箱…ロシア戦⾞に弱点があった)。その際に同戦車の断面図が紹介されているが、陸上自衛隊富士学校隊内誌『富士』第163号に掲載された以下の図より詳細なものはないであろう。

上記図は、解像度を敢えて落としております。鮮明な図をご希望の方は、本会ttn5rhg28d@mx2.ttcn.ne.jpまでお申し付け下さい。


2022年5月19日(1) 戦闘での小銃の命中率は?

 ニュースでは、小銃音が盛んに炸裂するシーンを目にするが、戦闘での小銃の命中率はどの程度なのか、ふと疑問に思って調べてみた。

 こういう時に役に立つのが、陸上自衛隊富士学校が実質的に発行していた隊内誌『富士』だ。同誌第224号に、バトラーと呼ばれる交戦訓練装置を使用した、小銃部隊同士の模擬戦闘訓練の内容を紹介する記事を見付けた。この記事が興味深かったので紹介したい。

 訓練の編成部隊は敵味方とも2班で構成され、各1班は隊長1名、班長1名、小銃組5名、機関銃組2名の計9名(2班で計18名)。弾薬は小銃には30発、機関銃には120発が割り当てられた(戦争映画と違って無尽蔵に撃てるわけでなく、残弾を計算しながら射撃しなければならないわけだ)

 200メートル離れた位置から双方が同時に攻撃を開始し、相手方向に前進しながらの模擬戦闘(40分間)が、計7回行われた。

 バトラーの判定結果によると、部隊の平均的な命中率はなんと2.5%、最高値であっても4.3%に過ぎない。また最優秀射手(小銃)であっても命中率の最高値は20%であった。

 死ぬ心配のない訓練であっても、小銃で敵に狙いを定めるのはこのように難しいのだ。実弾の飛び交う戦場での小銃の命中率は更に低いことであろう。

最新記事

すべて表示
ウクライナへの無差別爆撃の創始者は日本軍!―前田 哲男 著「戦略爆撃の思想」からの考察―

現在、ウクライナに対するロシア軍の無差別爆撃に憤慨している日本人がほとんどであろうが、この創始者が日本軍であったことを知る人は少なかろう。 その事実を我々に突きつけてくれる書が、「戦略爆撃の思想」である。 無差別爆撃については、ドイツ空軍によるゲルニカ空爆がその嚆矢であるが...

 
 
 

Comments


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2022 by 軍事問題研究会。Wix.com で作成されました。

bottom of page